NewsPicks|【KDDI】1年3万件が申請される“最難関システム”を内製。驚異のノーコードDX
勤怠、人事、経理など、大企業のコーポレート業務は膨大な数のシステムに分かれている。集約しようにも、ITベンダーに発注すれば数か月待ち。社員が申請のたびに「どれを使うんだっけ」と迷う非効率を知りながら、状況を変えられない企業は少なくない。
KDDIでもコーポレート領域だけで100以上のシステムが使われていたが、社員の体験価値最大化を目指し、機能集約に着手。年間3万件の申請が届く「稟議書システム」の刷新をはじめ、5年をかけてワークフロー機能を1か所に集約することに成功した。
この大変革を主導したのは、なんとITスキルのない業務部門だ。その過程で、現場の業務部門主導でDXを続ける企業文化が、全社に根づきつつあるという。
一連の変革を可能にしたのは、ノーコード開発基盤「SmartDB(スマートデービー)」だ。ITスキル不要のDXの舞台裏とは。そして、なぜDXが文化にまでなったのか。キーパーソンたちに聞いた。
気づけば100以上、システム乱立の現実
「社員が申請などで日常的に使うシステムを数えたら、コーポレート領域だけで100個以上ありました」
KDDIでコーポレート業務のデジタル化を担ってきた、同社コーポレートシェアード本部の横山拓郎氏は、かつての状況をそう振り返る。
筑波大学大学院修了、博士(工学)。核融合工学専攻。その後KDDI入社。コーポレート部門でシステム関連業務に従事し、SmartDB導入から稟議書システム構築、機能集約をリード。現在はシステム戦略・企画を担当。プライベートでは、二児のパパとして子育て中。趣味は茶道で学生時代から20年継続中。
勤怠管理・稟議決裁・休暇申請など、従業員は業務ごとに使うシステムを覚える。何か申請する際には、その膨大なシステムの中から該当するものを探すことから始めなければならない。
「あまりにも非効率でした」と横山氏。その状況は全社的な課題となっていた。
「大量のシステムを導入するのは、企業規模によらずよくあること」と話すのは、ノーコード開発基盤「SmartDB」を提供する、ドリーム・アーツの志水泰貴氏だ。志水氏はカスタマーサクセス責任者として、KDDIをはじめ多くの大企業のSmartDB活用に伴走してきた。
「勤怠で困れば勤怠システム、稟議で困れば稟議システムと、部署ごとに部分最適でシステムを入れていく。それ自体は改善意識から来る、管理者として合理的な動きです。
ただ、部分最適を積み上げた結果、会社全体のシステムの数は増えていく。従業員のシステムを使い分ける煩雑さは増していきます」(志水氏)
神奈川大学を卒業後、ドリーム・アーツに入社。入社後、産業技術大学院大学を卒院。テクニカルサポート部門を経て、ケーブルテレビ大手や大手物流企業など数々の顧客のプロジェクトマネージャーとして業務変革プロジェクトの戦略設計からコンサルティングまで幅広い業務を担当。現在は二児のパパとして育児に励みつつ、カスタマーサクセス部門のマネージャーとしても日々顧客と“協創”中。
KDDIには、本社だけで約1万人、グループ全体では6万人以上の従業員がいる。部署の数を考えれば、コーポレート領域だけで100以上のシステムが導入されても不思議はないだろう。
そこで必要なのが「横串の視点」だ。部署横断で指揮をとり、全体最適でシステムを整備するのだ。
この役割をKDDIで担ったのが、横山氏が所属するコーポレートシェアード本部。バラバラだったシステムを機能ごとに共通化するという大規模な整備をする上で、2021年は絶好のタイミングとなった。
まず、本社で使ってきた人事系ワークフローがサービス更改時期を迎えたこと。また、新設するグループ会社のため、コーポレート業務の各種ワークフローを新たに整備する必要も生じた。
「どの会社・部門でも、コーポレート業務の本質は大きく変わりません。システムを共通にできれば、従業員の利便性は上がり、本社とグループ会社間のやり取りもスムーズになり、管理もしやすくなる。デメリットよりメリットがはるかに大きいんです」(横山氏)
通常ならITベンダーに依頼したり、IT部門が自社開発したりするところだが、KDDIが選んだのは、「業務部門自身がノーコードでシステム開発する」という道だ。そこで採用したツールが、ノーコード開発基盤「SmartDB」だったのだ。
「自社固有のルール」もノーコードで反映
「SmartDBによるシステム開発は、ある意味で理想形だった」と、横山氏は話す。
もちろんKDDIにもIT部門はあるが、IT人材は常に限られている。すると、コーポレート業務のような社内システムの様々な改善まで、すべてを依頼できるわけではなくなる。
かと言って社外のITベンダーに依頼しても、IT人材不足の状況は変わらない。業務システムは運用開始後も状況に合わせて改修を繰り返すものだが、入力フォーム一つの追加や注意書きの変更といった細かい改修にも、数か月単位の時間が必要で、コストもかかる。
「そもそも日々の業務で使うワークフローシステムに、高度な設計は必要ない。業務内容を知る自分たち自身で、クイックに必要な分のシステムが開発できるなら、それが一番なんです。とはいえ、ITスキルがない私たちのような人材が、ゼロからプログラミングを学んでシステムをつくるのも現実的ではありません」(横山氏)
ITスキルがなくても、ノーコードなら手早くシステム開発ができる。「SmartDBが理想形」とは、そういうわけだ。
実際に使い始めて、その感覚は確信に変わったという。
「ノーコードと言っても、SmartDBは標準機能が豊富にあり、幅広い業務に柔軟に対応できる。おかげで、複雑な『KDDI固有のルール』や文化も、システム上にうまく反映することができました。簡単に緻密な設計ができる点が、SmartDBを継続利用する決め手でした」(横山氏)
緻密な設計ができることで実現した象徴的なシステムが、2023年に完成した「人事評価システム」だ。前出の志水氏も、「SmartDBの強みをフルに活用してもらえた」と振り返る。
というのも当時KDDIでは、2021年に始まった「KDDI版ジョブ型人事制度」に伴い、人事評価システムの準備が必要だった。しかし「独自制度なので、使っていた既製の人事系システムではどうしても利便性、操作性が低くなってしまった」と、横山氏。
そもそも評価システムは、「特定の時期にアクセスが集中する」「報酬に直結する秘匿性の高い情報を管理する」といった特性から、求められる条件も多い。それでもSmartDBによって、さまざまな条件をクリアした新たな人事評価システムが開発できたのだ。
「人事制度に沿った入力項目や、分岐が多いワークフローもすべてシステムに載せることができました。
また、人事評価は誰がどこまで見られるかが重要な、センシティブな情報ですが、SmartDBはそうしたアクセス権限の管理も細かく設定できる。だからセキュリティ面でも不安がなかったんです」(横山氏)
そうして完成した新しい人事評価システムは、従業員からの評判も上々だ。
「『現場がシステム開発する』ことによる、嬉しい副産物です。実際にシステムを使う私たち自身で開発したからこそ、誰にとっても使いやすいシステムになったのでしょう」(横山氏)
従業員が直接目にするシステム画面は、いわば氷山の一角。氷山の下では、全従業員の評価情報のデータベースと、その権限管理、複雑な承認プロセスが細かく設計されている。KDDIの人事評価システムは、それらすべてをIT部門ではなく業務部門が組み上げた。
「ラスボス」稟議書システムも陥落
こうして着々とシステムを共通化させていった横山氏のチームは、2023年、最難関の領域に踏み込んだ。「稟議書システム」の刷新だ。
「当社において、物品購入、各種契約、接待接受、海外出張など、あらゆる業務の決裁を司るシステム。ワークフロー機能の『ラスボス』と言えるものです。これも従来のシステムがサービス更改時期を迎えたタイミングで、私たちから『SmartDBで挑戦したい』と申し出ました」(横山氏)
そのカバー範囲はあまりに広い。KDDI本社従業員約1万人から寄せられる稟議の申請数は、年間3万件超。ワークフローの承認プロセス数は連携、通知も含めて最大48ステップにものぼる。さらにすべての申請と承認プロセスは、データベース化して保存しておかなくてはいけない。経営上の機密事項も扱われ、セキュリティの厳重さは必須だ。
つまり、「氷山の下」の設計を、より複雑かつ厳しい条件で行う必要があった。それでもSmartDBによる開発が認められたのは、すでに人事評価システムなどの成功があったからだ。
稟議書システムの開発では、「今後20年間の使用にも耐えられるように」と、大きな負荷をかけた複数回の性能試験を実施。60万件(年3万件×20年)をはるかに超えるデータでも保存できるか。60万件を保持した状態で5分間連続でアクセスしても、ダウンせず許容できる速度で正常に動作するか。こうした試験もすべてクリアした。
設計と試験を繰り返し、2年半をかけたプロジェクトの末、とうとう稟議書システムの刷新に成功。KDDIにおけるSmartDB上の業務システムは、人事系の申請、人事評価、そして経営層も関わる稟議にまで広がった。社長から一般社員まで、誰もが日常的に触れるシステム群となったのだ。
最難関領域を陥落させたことにより、「コーポレート系のワークフローをすべてSmartDBに置き換えていこう」という気運が高まったのは、2025年のこと。従来から使ってきたワークフローが当時まだ90個稼働しており、これらを1年でSmartDBに移管するというプロジェクトが、コーポレート部門全域でスタートした。
このプロジェクトを率いたKDDIコーポレートシェアード本部の三浦航氏は、苦笑しながら振り返る。
「私が以前いた部署でのシステム開発はITベンダーに発注しており、私がハンドリングしていたもので完成したのは年間3個程度。だから『1年で90個』と聞いたときは、耳を疑いました。しかもそれを自分たちで内製開発するなんて(笑)」
明治大学を卒業後、KDDIに入社。入社後、カスタマーサービス領域でコールセンター基盤まわりのシステム企画やお問い合わせ手続きのデジタル化などDX推進業務に従事。そのほか従事したKDDIのブランディング業務も含め現場に近い場所を経験したのち、現在はこれまで培った“お客さま視点”を武器により経営に近いコーポレート領域でDX推進業務を担当。コーポレートのお客さまでもある、従業員にとって使いやすいシステムを追求し日々情熱を持って業務に励んでいる。
今回のようなシステム統合を進めるには、DX版「3C」のステップが重要だという。廃止(Cut)、集約(Consolidation)、構築(Construction)だ。「横串の視点」で、三浦氏のチーム主導でこれらのステップを進めた。
まずは90個を棚卸して、使われていない20個弱を廃止。残った70個も、似た機能のシステムを集約し、最終的に30個程度に絞り込んだ上でシステム開発に着手した。といっても、「年に3個程度」と比べると10倍多いことに変わりはない。
それでも結果的に1年での置き換え・統合に成功したのは、ノーコードだからこそできる、本当のアジャイル開発によるものだ。
「ベンダーに発注する場合、まずは実現したいことやシステムに載せたい機能をまとめた『要件定義書』が必要です。でも、ワークフローを所管する現場担当者は、システム開発に携わったことがない人も多く、要件定義に慣れていない。そのため、開発を『始める前』のやり取りに時間を要すことが多いんです」(三浦氏)
そこで三浦氏らが進めたのは、これとは真逆とも言えるやり方だ。所管部門での要件定義書の作成を挟まず、コーポレートシェアード本部がSmartDBで「大体こうだろう」と、PoC(実装前のUIなどの検証)用の模擬システムをつくってしまうのだ。
「形になっていれば、所管の担当者も何が足りないのかを考えやすいですから。あとは必要な機能を聞いて追加していくだけ。アジャイルに進めることで、劇的にスピードを上げられました」(三浦氏)
90のワークフローを移管しきったことで、KDDIのコーポレート領域のワークフロー業務はほぼすべてがSmartDB上に集約された。社員が「どのシステムを使うんだっけ」と迷う非効率は、本格的に解消されつつある。
現場主導のDXを育てた「3つの仕掛け」
KDDIがシステムの一元化と並行して力を入れてきたのが、DX人材の育成だ。
コーポレートシェアード本部だけでなく、さまざまな部署で「自分の業務は自分でデジタル化して改善する」という意欲と能力を持つ社員を増やす。一人一人の積み重ねが組織のDXへと広がっていく。そんな現場の担い手、つまりDX人材を増やすことで、「業務部門が現場で主導するDX」を企業文化として育てる狙いがある。
具体的に講じてきたのは、「兼務」「合宿」「資格」という3つの仕掛けだ。
「兼務」では、コーポレートシェアード本部が、デジタル化の課題を持つ他部署メンバーを「課題ごと」兼務で受け入れる。そして、システムを一緒に開発しながら、SmartDBによるノーコード開発をレクチャーする。限られた期間で「課題解決」と「DXスキルの獲得」を同時に実現し、元の部署へと還流させることが可能だ。
「合宿」は、1泊2日で集中的にSmartDBの使い方を学ぶ場だ。参加者同士は「同期」としてコミュニティが形成され、合宿後も相談し合える関係が続くメリットがある。
その合宿で最後に取得をめざすのが「資格」だ。ドリーム・アーツが提供する、SmartDBの知識・技術があるかどうかを認定する「SCS(SmartDB Certified Specialist)」という資格を、試験を通じて取得するのだ。
試験は合宿以外の場でも受けられ、KDDIにはすでに取得者が200人ほどいる。実際に同社では推奨資格として社内制度に組み込まれ、活用が進んでいる。
「資格認定することで、学びが『スキル』として定着します。有資格者だと社内で認知されれば、デジタル化の相談が自然と集まり、本人も『自分はDXを進められる人材だ』という自負を持てる。それが次の挑戦のモチベーションにつながるんです」(志水氏)
ITスキル不要で扱えるSmartDBの活用と、人材育成。これらを通じて、KDDIでは社内の各現場でデジタル化による業務改善が加速している。
「兼務や合宿でノーコード開発ができるようになった従業員が、自分の部署で業務課題を解決する。その過程で、部署内の別の従業員にもノーコードのレクチャーをしてくれる。
今では経営層も従業員も、業務用システムは『自分たちで開発・改善できる』という意識を持つようになり、実際に現場発の業務改善が繰り返し行われています」(横山氏)
現場主導のDXが、まさに企業文化として日常の風景になりつつあるのだ。
DX成功のカギは「孤独にさせない」
こうしたKDDIの変革後の姿を、ドリーム・アーツは「デジタルの民主化」と呼ぶ。業務部門が内製でDXを進め、自分の業務を自分で変えられる状態だ。
ただ、日本でDXや「デジタルの民主化」に成功している企業は多くない。突破のカギとしてKDDIの2人が口をそろえるのは、DX担当者を「孤独にさせない」ことだ。
「DXの担当は社内でマイノリティになりがちです。多くの従業員が慣れたやり方を変えるのは難しい。だからこそ、まずは社内で同じ志を持つ仲間を見つけること、そして上司が後ろ盾となり、現場と同じ目線でDXに関わることが重要です」(三浦氏)
仲間がいるのは社内だけとは限らない。ドリーム・アーツでは、SmartDB導入企業の担当者を募り、DXの苦労話と乗り越えた工夫を共有し合う場を、定期的に設けている。
「他社との会話を通じて、『自分だけじゃない』『こんなやり方があったのか』と思えます。同志と出会い、知識を得て、モチベーションを向上させる。それがDXを前に進める最初のステップになります。
同時に大切なのは、挑戦した人にきちんとスポットライトが当たる環境をつくること。DXは勇気を持って一歩踏み出しても、途中でうまくいかず挫折することも少なくない。でも、その挑戦自体は決して無駄ではありません。そこから得た経験が、次の成功につながるんです。
だからこそ、組織として挑戦をしっかり認めること。失敗も含めて意味づけをしていくこと。その積み重ねが、次の挑戦を後押しし、DXを前に進める力になると思っています」(志水氏)。
制作: NewsPicks Brand Design
撮影:大橋友樹
デザイン:Seisakujo inc.
執筆・編集:青木正典
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2026-︎06-25 NewsPicks Brand Design