NewsPicks|Claudeを全社員に配った。それでも組織の生産性が上がらない理由
ChatGPTやClaudeのアカウントを全社員に配った。AIエージェントも進化している。しかし、組織全体の生産性は思ったほど上がっていない──最近よく聞く大企業「あるある」だ。AIを個人で使えることと、組織で使えることの間には、どうやら違いがあるらしい。
「AIを『使える人』と『使えない人』の差が、組織内で大きく開いている」というのは、大企業向けに20年間、SaaS型ノーコード開発基盤「SmartDB(スマートデービー)」を提供してきたドリーム・アーツCTOの 石田健亮氏と、約50社・13万人にAI研修を行ってきた生成AIコンサルタント・ 倉嶌洋輔氏の共通見解だ。
そんな2人が目指すのは、「誰もがAIの恩恵を受けられる」ようにすること。その実現に向けて今、何が欠けているのか。日本の大企業がAI時代に勝ち筋を見出すためのカギとは。対談で深掘りする。
AIの「使い方」を学んでいない
生成AIがめざましい進化を続けています。一方、組織としてそれを活用できていない日本企業は多い。どこに原因があるのでしょうか。
倉嶌
私は非エンジニア向けに生成AIの研修や導入支援をしていますが、「的確なプロンプト」の書き方を知らない人が非常に多い印象です。
株式会社Focus on代表取締役。生成AIビジネススクール リニア主宰。NewsPicksプロピッカー(AI領域)。AIコンサルタント。グロービス経営大学院や日経ビジネススクールで講師を務め、オリジナル講座を多数提供。国立病院・銀行・広告代理店・メーカーなど、約50社13万人に、生成AIのコンサル付き研修や教材を提供。NewsPicks の第1回次世代ビジネス著者発掘プロジェクトで最優秀賞を受賞し、『AI時代のキャリア生存戦略』(BOW BOOKS)を出版。近著に2026年6月発売の『自由な時間と仕事の成果が手に入るAI時間術 MAKE TIME with AI』(日経BP)がある。
たとえば、「自転車」を渡されても「乗り方」を練習しないと乗れずに怪我をするのと同じで、社員全員に生成AIのアカウントを付与しても、プロンプトの練習もセットにしなければ、まともに使えません。もちろん使いこなしている方もおり、レベル感にバラつきが大きい状況です。
ChatGPTやClaudeは自然言語で扱えるので、誰でも「何となく」アウトプットができます。でも、プロンプトの書き方を知らないと、高品質なアウトプットにはならない。かと言って、プロンプトを教えられる人も多くはない。
これが今、多くの企業で生成AIを有効活用できていない要因です。だから私は、AIコンサルとして困りごとを伺い、各社に最適なプロンプトの書き方を教えています。
石田
社員個人のAIスキルに良くも悪くも比例してしまうんですよね。
当社は大企業向けノーコード基盤を提供しており、近年は開発を進める中でAI活用の現場を見てきました。そこでわかったのは、まさに倉嶌さんのおっしゃる通りで、AIを使いこなせる人と、そうでない人の差が大きく開いているということです。
大学院在学中の2000年4月にドリーム・アーツに入社。製品開発部長、新規事業推進室長、「Shopらん®」事業部長などを経て、2026年3月、現職に就任。最近はトライアスロンに打ち込み、心身の鍛錬を続ける。
AIを使いこなせる人は自力で学び、その過程で的確な指示の仕方、つまりプロンプトの書き方を習得する。すると、「AIは道具」であることを前提に、何をやらせるか、そのために仕事をどう分解するか、という段取りも的確にできる。
逆に使いこなせない人は、AIの使い方を学ばないまま、曖昧な指示を投げ、返ってきた大量の出力に「なんか違う」と曖昧に投げ返す。いつまでたっても狙い通りのアウトプットを出せません。
この差をどう乗り越え、組織全体の生産性を上げるか。「教える」のはまさに王道であり重要ですね。一方で私たちは、ノーコード基盤を提供する立場として、別の角度からこの課題に向き合えるのではないかと考えています。
「10人の10倍強化」より「1万人の1.1倍強化」
お二人とも「誰もがAIを使えるようにする」ことを目指す点は同じですね。石田さんは、別の角度からどう向き合っているのでしょうか。
石田
「日々の業務プロセスそのものになっている、使い慣れたツールにAIを溶け込ませる」というアプローチです。使い慣れたツールを操作していたら、いつの間にかAIが手助けしてくれている。そんな状態を作り出すのが、現実解として望ましい。
ChatGPTなどの生成AIは一般的に、業務で使うツールとは別に、ブラウザでページを立ち上げて使います。それだとAIが業務プロセスの「外側」にあるから、人によってAIの使い方も使う頻度もバラバラになる。
そこで私たちは業務プロセスの「内側」、日常的に使うツールの中にAIを入れます。そうすることで、業務を通して誰もが自然にAIの恩恵を受けられるようになるからです。
社員1万人の企業の場合、「ごく一部の精鋭10人の生産性が10倍になる」より、「1万人全員の生産性が1割増しになる」ほうが、全体の効果は圧倒的に大きいですよね。そうした形で「AIを民主化する」ことが、私たちの目指すところです。
倉嶌
なるほど。「組織全体の底上げ」というお考えにはとても共感します。私自身も企業研修を通じて、一部のトップ層だけでなく現場の社員全員がAIを活用できる状態を目指しています。
ただ、私がAIという自転車の「乗り方」、つまりプロンプトの書き方を教えるアプローチなのに対し、ドリーム・アーツは乗り方ではなく仕組みにアプローチし、全員に教えなくても、誰もがAIの力を享受できるようにしているんですね。
私の研修では、各自がテンプレートをもとに自分の観点でプロンプトを作り、その結果を持ち寄って共有する時間を設けています。そうすることで、プロンプトのインプットとアウトプットの関係を深く理解できるようになる。
さらに、プロンプトについて語り合う文化や「AIを使うこと=手抜きではない」という空気を醸成し、社員が相互にレベルアップできる状態を目指しています。
つまり、人から変えるか、仕組みから変えるか。アプローチは違っても、目指す先は同じですね。
いつの間にかAIが半分終えている
1万人全員の生産性が1.1倍になる「溶け込むAI」には、とても興味をひかれます。
石田
この設計思想のもとで作ったのが、「Practical AI」です。Practical AIは、個人ではなく組織による実務的、実践的、実用的なAI活用を実現する機能群の総称。当社のノーコード開発基盤「SmartDB」の中に組み込む形でリリースしています。
具体例で説明します。社員が「外部サービス利用」の申請フォームを開いたとすると、Practical AIがSmartDBに蓄積された過去の類似申請を読み込み、入力内容を自動でアシストする。
承認者側でも、事前にAIに指示した観点をもとに、「この申請はここに問題がある。修正案はこれ」とチェックやサジェストをする。
申請者は迷わず記入でき、承認者は即時に判断できるので、双方の所要時間が大幅に減り、差し戻しの往復も防げます。
ポイントは、一連の流れの中で「わざわざAIを意識的に使う」必要がないこと。いつもと同じフローで仕事を進めれば、AIが半分くらい終わらせてくれる。これがPractical AIの世界観です。
倉嶌
「差し戻しが減る」のは現場にとって非常にありがたいですね。
さっきの例で言うと、Practical AIは「補助輪付きの自転車」と言えます。自転車の「乗り方」、つまりプロンプトを知らなくても使える。
一方で、アシスト・チェック・サジェストが動くためにも、裏側には「的確なプロンプト」が必要だと思いますが。
石田
はい。SmartDB上でワークフローなどのアプリケーションを開発する人が、Practical AI用のプロンプトもあらかじめ設定しておく仕様になっています。
「プロンプト・ジェネレーター」を搭載しているので、「ワークフローを開発する人」はAIに何をしてほしいか伝えるだけ。それで的確なプロンプトが自動生成されます。さらに、その設定はワークフローを通じて組織全体に展開され、現場の利用者はAIを意識することなく、自然にその恩恵を受けられます。
肝心なのはここから。大企業だと、SmartDB上のワークフローは数十から数百に上ります。それらすべてに組み込まれたプロンプトが、社内で再利用できる「プロンプト・データベース」として一元管理されます。このデータベースが、現場主導のAI活用を組織資産に変える鍵になります。
たとえば、SmartDB上のどこで、どのプロンプトが、どんな出力をしているかをモニタリングできるので、知らない間にAIが暴走する事態も防げます。品質を確認しプロンプトを育てることにつながる。プロンプトの編集や、別のワークフローへの横展開も可能で、バージョン履歴の管理や、前バージョンへの復元もできます。
倉嶌
プロンプトを会社として一元管理しながら、現場で「育て」、それが「組織資産」になる仕組みですね。
AIを使う際に覚えておきたいのは、仕事は2つに分けられること。1つは「答えのある仕事」。ワークフロー申請のように、決まったものを正しく進めることが重要な仕事で、「ルーティンワーク」とも言えます。
もう1つは「答えのない仕事」。戦略や企画立案のように、アイデアを出して仮説検証することが求められる「クリエイティブワーク」です。
「答えのある仕事」では、業務システムやそこに搭載されているAIを活用すれば、組織全体でかなりの業務効率化が図れます。
一方「答えのない仕事」では、自分でプロンプトを書ける力が要る。AIにどんなロールを与えて、どんな条件や制約をセットすると、エッジの効いたアウトプットが得られるか。引き出しをたくさん用意しておくことで、さまざまな角度からアイデアを出せます。
大事なのは、目の前の仕事が「答えのある・ない」どちらの仕事なのかを見極め、どのような方法でAIを活用するかを自律的に判断できることです。
AIエージェント万能論の落とし穴
仕事の性質に応じた、AIへの指示の切り替えが重要ということですね。ただ最近は、自律的に複数のツールを使い分けたり、データを参照したりしながらアウトプットする「AIエージェント」も発達しています。人間がAIへの指示を切り替えなくても「AIエージェントに任せればよい」という議論についてはどう思いますか。
倉嶌
AIエージェントはここ1年で飛躍的に実用性が高まっていますが、企業の現場で幅広く使うとなると、セキュリティの問題に直面します。
典型はPC・クラウド上の企業データを参照できるAIエージェント。使いこなせれば便利な反面、管理が甘いと恩恵よりリスクのほうが高くなる。
会社の管理外で個人が業務に使うAIを「シャドーAI」といいますが、AIエージェント型のシャドーAIが増えると、会社の知らないところで機密データにアクセスされるおそれが高まります。
だからこそ、会社として正式に利用するAIとデータベースを用意し、そのAIがどこまでのデータにアクセスできるかという権限を管理することが、セキュリティ上必須になります。
石田
その点で言うと、SmartDB上に保存されているデータは、細かくアクセス権限を設定できます。アプリケーションを開発できるのもシステム管理者が指定した特定ユーザーだけで、その裏で動くPractical AIのプロンプトを組み込めるのも特定ユーザーだけです。
もう一つ私たちが重視しているのが、「最終責任は人間にある」という設計思想です。「AIが自動で承認までしてほしい」という要望も届きますが、Practical AIには載せていない。
AIは「人間の判断を手助けする役割」であって、「判断」自体を委ねる世界観は、少なくとも現時点では違うと思っています。人間がAIリテラシーを持って回答の是非を判断しなければ、AIが間違ったときも素通りし、トラブル時の原因究明や再発防止も難しくなってしまいます。
倉嶌
わかります。AIは協働パートナーであって、AIを使うにあたっては人間が決める方向性が一番重要です。ここを履き違えたまま優秀なAIエージェントが自由に動くと、暴走した場合の被害も大きくなってしまいます。
──ただ実際には「AIがこう言っているからそうした」と、「判断」を委ねてしまう人も少なくないと聞きます。
石田
そこに対応するものとして、講座とセットでAI活用スキルを認定する「PA(Practical AI)認定」を新設しました。
主体的にAIの性質や使い方を学び、その出力内容を自ら判断する力を持ってもらうための資格です。これも「組織全体の生産性向上」と「最終責任は人間」という設計思想にもとづく取り組みです。
日本企業の複雑さは「宝の山」
誰でも恩恵を受けられるAIツールと、それを使う前提としての人間のAIリテラシー。その両面で準備を整え、組織全体でAIを活用できるようになったら、日本企業はどう変わっていくでしょうか。
石田
日本企業の競争力は、これまでとはまったく違うフェーズに入ると思います。
日本企業は「業務プロセスが複雑」「特殊でガラパゴス」とも言われ、その企業文化がAI活用の足かせのように扱われがちでした。しかし、だからこそ独自の価値を持ち、生き残ってきた企業も多い。これから問われるのは、その特殊性をいかに資産として活かすか。
SmartDBを使っている企業では、ワークフローを申請・承認する過程で「どんな案件について、誰が、いつ、どんな判断をしたか」が構造化データとして溜まっていきます。このデータはAIにとって「宝の山」で、強力な武器になる。
複雑な業務プロセスがあるからこそ、詳細なデータが記録される。これをAIで活かせれば、意思決定の質とスピードが劇的に上がります。
たとえば「あの顧客との過去の案件について教えて」と問いかけると、AIがSmartDB内のデータを横断的に参照する。「その案件では過去にこういう経緯と記録があり、担当者はこの人でした」と、過去のデータを踏まえて答えてくれる。そうなれば、手間を大きく省きながら、必要な情報を得られます。実際にこうした機能を提供していく予定です。
倉嶌
暗黙知だった現場の知見が、データとAIによって形式知化される。日本企業の特殊性が、AI時代の資産になるわけですね。
私もいくつかの企業で、社員が独自に持っていた知見をAIとの壁打ちで集めて形式知化し、「顧客リサーチから施策立案まで担うプロンプト」を作るサービスを提供していますが、新人でもベテラン並みの提案ができるようになります。
この知見がまさに暗黙知で、複雑な業務の中で長く生き残ってきた日本企業ほど、現場に蓄積されています。ただ、複雑だからこそ共有しづらく、「生き字引」と言われるような特定の人の頭の中にしかなかった。企業によっては、そういった世代の定年退職ラッシュが経営課題にもなっています。
それが形式知化して「組織資産」に変わったとき、競争力は一気に強化されます。そのためのカギがデータとAIであり、今後あらゆる企業において重要になってくるでしょう。
石田
その通りですね。企業のAI活用で最も大切なのはデータです。多くの日本企業の現場では、今でもExcelやWordやメール、紙の書類も残っていて、AIが参照しづらい。企業が組織としてAIを使うにはまず、大量のデータを構造化していくことです。
そのデータ化に役立つのがSmartDBであり、誰もが企業データを活かせるAIがPractical AI、ということですね。
石田
はい。企業データを地道に整え、現場に散らばる知見を組織の力に変える。それが、これからのAI時代における日本企業の勝ち筋になると考えています。
制作: NewsPicks Brand Design
撮影:大橋友樹
デザイン:Seisakujo inc.
執筆・編集:青木正典
※NewsPicks Brand Designにて取材・掲載されたものを当社で許諾を得て公開しております。
2026-︎06-18 NewsPicks Brand Design