2022年8月2日

【対談】細谷功 氏 × 代表 山本
DXは業界を超えすべてのものを“抽象化”するドリーム・アーツが全社員に「“抽象化力”研修」を受講させる深いワケ

DXは業界を超えすべてのものを“抽象化”する ドリーム・アーツが全社員に「“抽象化力”研修」を受講させる深いワケ

ドリーム・アーツでは2016年から、グループ会社を含めたすべての社員を対象に「抽象化力研修」を行っています。これは、多くの企業が行っているような、ビジネススキルを教える類のものではなく、抽象概念と具体的事例を行ったり来たりしながら思考力を上げていこうという、一言で説明するのが難しい、なかなか珍しいタイプの研修です。
ドリーム・アーツにおいて、「抽象化する力」は、良い「根っこ」を育むには欠かせないものなのです。

この研修は、ドリーム・アーツ代表の山本孝昭と、ビジネスコンサルタントで著述家の細谷功さんの出会いから始まりました。「抽象化力」とは一体何なのか、今なぜこの力が求められているのか、2人が語ります――。

今必要なのは「仕組み」「仕掛け」を考える力

細谷功『具体と抽象 世界が変わって見える知性のしくみ』(dZERO)より

株式会社ドリーム・アーツ
代表取締役社長 山本 孝昭

山本

ドリーム・アーツは、ここ4年間で体質をがらりと変えました。自社プロダクトの基盤はオンプレミスと完全に決別し、クラウド化・サブスクリプション化を図りました。

オンプレミスは、システムを構築してその対価をいただく「売り切り」なので、お客さまとの関係性は一時的なものになる傾向があります。一方、サブスクリプション型は、システムを販売するのではなく、使っていただいた期間の利用料をいただくので、提供するサービスを常に改善し努力を重ねることで、お客さまとの関係が長続きする。収益構造ががらりと変わりますし、サービスを設計するときの思想がまったく違うのです。

さらに、コロナ禍をきっかけにリモートワークに大きく舵を切り、2020年2月末から現在まで、継続して出社率は5%前後です。

すると、以前は考えられなかったことですが、最近は入社2、3年目の若手社員が大型の契約を取ってくるようになったのです。

これまでは、エンタープライズ系IT商品というのは、ベテランが「足で稼ぐ」スタイルではないと売れないとされてきましたが、それが覆った。いくつか理由があるのですが、一つは、買い手側が、購入の判断材料となる情報をインターネットから自分で収集する傾向が強まったことがあります。営業担当と話をするのは意思決定の最後の段階だけ。ですから、相手がホームページでどんな情報を取得しているかといった動線を分析して、確度の高い人にアプローチを掛けられるようになりました。

また、商談のオンライン化が進んだので、移動時間が節約できてその分たくさん人に会うことができるようになりました。打席に立つ回数が増やせますから、短時間で経験が積めます。若手はデジタルも得意なので、どんどん活躍するようになっているのです。

細谷

さまざまな転換が起きているのですね。営業手法だけでなく、ビジネスモデルも大きく変わっています。サブスクリプションモデルでは、継続利用してもらうことが重要ですから、そのためにどのような付加価値を提供すべきか考えなくてはなりませんね。

山本

そうなんです。「継続利用したい」と思ってもらうためには、サービスの性能や使いやすさに加えて、ユーザーの心に訴えかけるような、何か情緒的なことも大事になってくるのではないかと思っています。

そうすると、目に見える具体的な課題を解決していくだけでは足りません。もっと幅広い視野を持ち、「仕組み」や「仕掛け」を考え出すことができる人が必要になっています。そういった力があれば、経験の多少に関係なく活躍できる。では、仕組みや仕掛けを考えられるようになるためには、どんな力が必要なのか。それを考えていたときに出会ったのが、細谷さんの著書『具体と抽象』だったんです。

細谷 功 氏

細谷 功 氏

細谷 功(ほそや いさお)
ビジネスコンサルタント・著述家。東京大学工学部を卒業後、東芝を経てアーンスト&ヤング、キャップジェミニ、クニエなどの米仏日系コンサルティング会社にて業務改革等のコンサルティングに従事。近年は問題解決や思考力に関する講演やセミナーを企業や各種団体、大学などに対して国内外で実施。主な著書に「具体と抽象」(dZero)、「地頭力を鍛える」(東洋経済新報社)、「アナロジー思考」(東洋経済新報社)等。

サウナで読んだ『具体と抽象』に大興奮した

細谷

初めてお会いしたのは、確か2015年ですね。セミナーで対談したのが最初だったと記憶しています。

山本

そうなんです。ただ、『具体と抽象』を読んだのは対談の後、半年以上経ってからだったかな。サウナに持って入って読んだのですが、とにかくおもしろくてサウナから出られなくなりました(笑)。当時漠然と考えていたことにぴったり合致して「我が意を得たり」という思いでした。すぐに数十冊買って、いろんな人にプレゼントしたのです。

細谷功『具体と抽象 世界が変わって見える知性のしくみ』(dZERO)

細谷功『具体と抽象 世界が変わって見える知性のしくみ』(dZERO)

永遠にかみ合わない議論の根底には、「具体と抽象のレベルのすれ違いがある」という。実体と直結した目に見えるわかりやすいもの(=具体)と、それらを共通の特徴でまとめて一般化し、理論化・法則化した目に見えないもの(=抽象)の2つの視点の違いや、両方を持つことの重要性を、シンプルな文章と、ユルくて深い4コマ漫画で著している。

細谷

そのお話を聞いて、「なぜ急に?」と、山本さんの反応に驚きました。ビジネス書でもITの本でもないですし、割とニッチな本なのに。

山本

非常に興奮しましたよ。特に「抽象化」に反応しました。「抽象化」とはインテリジェンスの根源であり、仕組みや仕掛けを考えるために必要なのはこれだ、と。すぐに細谷さんにご連絡して研修をお願いし、以来、全社員に受けてもらっています。ドリーム・アーツにおいて『具体と抽象』は必読書になっていて、入社した全員に配っています。

サブスク化や、コロナ禍によるビジネス環境の変化で、「抽象化する力」の重要性は一層高まっています。

細谷

企業向けの研修はよくやっていますが、ここまで経営者自らが重要性を認識しているケースはそんなにありません。それに、全社員を対象に毎年実施するというのは非常に珍しい。

山本

これはぜひ、全社員に知ってほしい、できれば身に着けてほしい力だと思ったんです。

大昔からある先人の知恵や、欧米の事例を再利用しながら仕事をしている人、つまり具体の世界だけで食べている人はとても多いけれど、今の時代、それでは足りません。

細谷

その通りだと思います。特にここ1、2年は、デジタルトランスフォーメーション(DX)の文脈で抽象化力に着目する企業が増えています。デジタルは、場所や業界を超えて、すべてのものを抽象化しますから。

デジタルの世界では、具体レベルの“業界”が消滅する

細谷

例えば「アマゾンは何業界か?」を考えてみるとよくわかります。やっていることは「モノやサービスをネットで売る」こと一つだけ。でも本もペンも水も動画もクラウドサービスも扱っている。

今までは、「本を売る」「文房具を売る」「飲料を売る」という具体レベルで別々の業界が存在していたのが、デジタルだと具体レベルの“業界”は関係なくなります。ビジネスで戦う場所のレイヤーが、具体レベルから抽象レベルに上ってきているんです。

細谷功『具体と抽象 世界が変わって見える知性のしくみ』(dZERO)より

細谷功『具体と抽象 世界が変わって見える知性のしくみ』(dZERO)より

ただ「DXには抽象化力が必要だ」というところまで見抜いている人はあまりいないような気がします。
DXとは、要は「どうデータを活用するか」。データ一つひとつを見ていても何も意味を成しませんが、そうした膨大なデータを目の前にして、何らかの傾向やパターンを見出すことがビジネスにつながります。点(具体)をつないで線や面(抽象)を見つけられる力が問われます。そうすると、「ITのことをどれだけよく知っているか」よりも、人間の心理に関心を持ち、あらゆる事象を観察したうえで抽象化する力があるかどうかが重要になります。
例えば「高い金額を払って数年に一度行く『高級フレンチレストランのフルコース』と毎日食べても飽きない『白米』はどう違うか」を考えると、「サブスクモデルのサービスにどんな要素を埋め込んだら継続率が上がるか」のヒントになるかもしれませんよね。エンタープライズ系IT商品とフレンチのフルコースや白米なんて、具体レベルで見ればまったく共通点が見つからないかもしれませんが、抽象化する力があれば、共通の要素が見つかって応用できる可能性が生まれます。

少なくとも「抽象化する力」の価値は全員に知ってほしい

山本

「フレンチのフルコースと白米」のような具体的なことを抽象的に捉え、「サブスクモデルのエンタープライズ系IT商品」と共通点を見つけて、どうしたらそれが応用できるか考え、具体に落とし込む。つまり、細谷さんが『具体と抽象』に書かれているように「具体と抽象を行ったり来たりできる」という人は少ないように思います。理想は、全社員に「具体」と「抽象」を行ったり来たりできるようになってほしいんですが、それはなかなか難しいかもしれません。
でも、少なくともそういう「『具体』と『抽象』を行ったり来たりできる力が重要なんだ」という価値観は、社内に浸透させたいんです。細谷さんに研修をしていただくようになってから7年くらいになりますが、今、そこまでは実現できているように思います。

細谷

それはすごく重要ですよね。「抽象」が理解できなかったとしても、「自分が今見ている『具体』の外に、別の世界がある」と理解できるようになるだけでも大きな力になります。
簡単に言うと、世の中には頭の中が一重丸の人と、二重丸になっている人がいるんです。一重丸の人には、具体の世界だけが見えていて、自分が見えている世界がすべてだと思っている。
具体というのは目に見えるものなので、誰にでも見えるんです。でも、抽象というのは目に見えないので、見える人にしか見えません。二重丸になっている人は、具体の世界の外にも、何か別の世界があるらしいということがわかっている。
一重丸の人は、自分にわからないことに出会うと、「それはおかしい」と存在を否定したり、自分が持っている価値観を押し付けて染めようとしてしまう。一方、二重丸の人は、外側に抽象の世界が存在することを知っているので、もし理解できないとしても、自分が見えている丸の外に出ようと努力するし、理解しようとするんです。「既知の未知」です。
そして最も大事なのは、そのさらに外側である「未知の未知」です。「既知の未知」の外側には、まだ自分が存在すら知らない世界が広がっている。ここに常に目を向けていくことが重要なのです。
山本さんは社員全員に、二重丸のさらにその先まで意識できるようになってほしいと考えているわけですね。

山本

そうなんです。一重丸のままでいるのは、今の時代致命的だと思います。そういったケースを私たちは、これまでもたくさん見てきています。

この研修を通じて、社員全員が「既知の未知」を獲得。さらに「未知の未知」を意識

この研修を通じて、社員全員が「既知の未知」を獲得。さらに「未知の未知」を意識

「わからないもの」を否定してかかる人、受け入れようとする人

山本

アナログ中心だった時代から、インターネットやデジタルの流れが生まれたときもそうでした。「なんだかわからないけど、これまでの自分の理解の範疇を超えたものが出てきた」となったときに、頭から否定して「見ないフリ」をした人と、これまで自分の持っていた枠組みを取り払って「やってみよう」と受け入れられた人で、明暗が分かれました。そうやってデジタルの波に淘汰されて消えてしまった会社は本当に多い。
コロナ禍もそうかもしれません。ビジネスや生活様式を大きく変えるさまざまなトレンドが生まれましたが、全否定して既存の枠組みに固執しようとする会社と、変革のきっかけにして飛躍する会社で二分しています。

細谷

未知のものに出会ったとき、すぐに解釈できなくてもいいと思うんですよ。ぱっと理解できなくても、「どうやら何かあるらしいぞ」とモヤモヤをモヤモヤのままで抱え、じっくり観察しているうちに、どこかでつながるようになります。
それを、組織全体で、全員でできるようになると、大きな力になるでしょうね。

「具体と抽象」を社員の“共通言語”にする

山本

その入り口には立てていると思います。ドリーム・アーツでは、「それは抽象化が甘いね」「もう少し具体レベルを上げてみよう」のように、日常会話の中で「具体」「抽象」という言葉が当たり前に使われるようになっています。共通言語化することで、より深いコミュニケーションができ、組織にとっては非常に大きなパワーになっています。
例えば今、社長直属のプロジェクトチームで、若手社員3人が新しいプログラムを企画しているんですが、いきなり具体的なプログラムの内容を書いてきたので、「そういう具体も重要ではあるけれど、まずは抽象度を高めて、『なぜこのプログラムが必要なのか』という意義から入った方がいいんじゃないか」と話をしたところです。

細谷功『具体と抽象 世界が変わって見える知性のしくみ』(dZERO)より

細谷功『具体と抽象 世界が変わって見える知性のしくみ』(dZERO)より

これから検討が進むと、どんどんブレたり迷いが出てきたりする。少し抽象度の高い「あるべき姿」が描けていれば、プログラムの詳細などの具体で迷ったときにも、そこに立ち戻ってブレがないか確認できます。「そうして、具体と抽象を行ったり来たりするのがいいんじゃないか」という話をしました。
細谷さんの『具体と抽象』の中でも、上司と部下のミスコミュニケーションの原因の一つとして、双方が見ている抽象度・具体度のレベルが違うことが挙げられていましたが、共通言語化を持つと、そうした「行き違い」を素早く解消して、コミュニケーションのオーバーヘッド(付帯コスト)を減らせます。

スキルを身に着けるよりも「いい根っこ」を育ててほしい

山本

ドリーム・アーツでは、プロフェッショナルとして社員に身に着けてほしい4つの能力を定義して人材育成を行っています。知識や技能などの「実務能力」、リーダーシップやチームビルディングなどの「人間関係力」、ドリーム・アーツ(DA)文化理解と共感を指す「DAルーツ」、そしてこの「抽象化力」です。

ドリーム・アーツにおいて、プロフェッショナルとして身につけるべき4つの能力

ドリーム・アーツにおいて、プロフェッショナルとして身につけるべき4つの能力

これらはどれも、「ビジネスの成長に欠かせないから」という理由だけで定義したわけではないんです。
私は、社員研修の時に必ず「一日も早く給料分の働きができるようになってほしいから研修を受けてもらっているわけではない。縁あってドリーム・アーツに入社したんだから、この社会の構成員として『いい根っこ』を生やすための機会を、研修を通じて提供したいんだ」という話をします。
成果や実績、スキルといった、誰からも見える「枝ぶり」「花」「果実」よりも、いい根っこを生やすことの方がずっと大事です。しっかりした根っこがあれば、風で折れてもまた生えてきますし、ドリーム・アーツの外でも通用します。抽象化する力は、そうした根っこに関わる力だと思います。

細谷

人材育成には、トップの意思がそのまま反映されます。
「魚を与えるか、魚の釣り方を教えるか」という例え話がありますが、今のお話はまさにそれですね。みんな、頭ではわかっているけれど、いざとなると、お金だったり、すぐに役立つスキルだったりという「具体」の魚を欲しがってしまう。でも、一度魚を与えられると、なかなかそういう生活から抜けられなくなります。わかりやすいし、楽ですからね。
釣り方は、もっと「抽象」のレベルの話ですね。先ほどのお話の中の「根っこ」にあたります。目に見えないし、頭を使うので大変ではあるけれど、いったん身に着けると長くその人を支えてくれる。

山本

今は、細谷さんには、全員に対する「具体と抽象」の研修と、中堅社員向けには、それをもう一歩進めた「フレームワーク」研修を実施していただいています。でも、抽象化する力については、研修のバリエーションをもっと増やしていきたいと考えています。「いい根っこ」をしっかり育ててもらうためにも、機会提供の幅をもっと広げたいんです。いろいろアイデアはあるので、細谷さん、引き続き相談に乗ってください。

細谷功 山本孝昭
インタビューに同席した金井の感想

細谷さんと代表山本の対談中には、全て紹介できないほど多くのアナロジー表現が飛び交い、凄まじい勢いで「具体と抽象」の行き来が繰り広げられていました(笑)。
書籍「具体と抽象」を読んで以来、細谷功さんの大ファンになり今回の対談を企画した私ですが、書籍を読むだけでなく「研修」でこの世界観を体験できるのは、非常にありがたい環境だと感じます。また、一部の社員だけでなく「全員」がこの研修を受けることで、表面的なスキルだけに囚われず、しっかりと「本質を捉えること」を大事にする企業カルチャーが醸成されているのだなと改めて思いました。

インタビューに同席した金井の感想